私は天使なんかじゃない






play it cool









  さあ、準備は出来たか?
  クールに行こうぜっ!





  「ぎゃあっ!」
  「し、死にたくない……」
  「こんなはずはーっ!」
  空のマガジンを排出して新しいマガジンを中華製アサルトライフルに装填。この手の武器は使い慣れてないから照準がぶれるな、無駄に弾丸使っちまった。最後のマガジンだ。
  倒れて呻いているのはボルトセキュリティ。
  喋っているのもいれば永遠に黙っているのもいる。
  全部で7名。
  数の上では向こうが多かったが動きが硬かった。何というか素人だ。もちろんボルトセキュリティとしての訓練は積んではいるわけだが実戦はほぼ素人の動きだった。
  別に俺が玄人ってわけではないがこいつらよりは人生学んでる。
  戦闘もな。
  あと、銃を撃つときの思い切りというのがなかったな。
  人を撃つのに躊躇いがまだあるようだ。
  俺?
  俺にはない。
  少なくともいきなりこちらを殺そうとしてくる相手に配慮なんてしねぇ。
  「ふぅ」
  倒れながらも落としたアサルトライフルに手を伸ばそうとしたセキュリティの顎を蹴り上げて黙らせる。銃は踏んで遠くに蹴った。
  死んどけ。
  元古巣の連中で、名前こそ知らないが多分あったことがある連中だが……まあ、敵だからな、容赦しねぇよ。
  中華製アサルトライフルはほとんど弾丸使い果たしちまった。
  まあいい。
  アサルトライフルの種類は違うとはいえ弾丸の互換性はある。同じ弾だ。弾倉を3つ没収。
  武器は、いらんな。
  ガンナーとかいう奴みたいに長い武器の2丁は普通は無理だ。腕が疲れちまう。
  さて。
  「行くか」
  ベンジーはマシーナリーと戦闘。
  レディ・スコルピオンはガンナーと戦闘。
  メカニストは不明。
  俺は今のところ相手がいない。
  トロイ、そうか、あいつも来てるのか。ED-Eがいきなり飛び去ったからたぶんあいつもいるのだろう。どうやって追跡しているのかは知らんが。生体データを追ってる?
  まあいい。
  俺も敵を探さなきゃな。

  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。

  「ん?」
  中華製アサルトライフルを構える。
  照準は闇の向こう。
  何かいる。
  何か。
  轟音を立てながら何かが接近してくる。音が近付いてくる。
  そして……。
  「お久し振りですねぇ〜、ブッチ〜」
  「Mr.アンディ?」
  そこにいたのはボルト101のロボット。
  機種はMr.ハンディ。
  戦前のお手伝いタイプで、宙に浮くタコ型ロボット。軍用モデルはMr.ガッツィーというタイプがいる。お手伝いタイプとはいえ強盗用の武装として火炎放射器が内蔵されている。とはいえ
  平和時にはそれで料理をし、腕の回転鋸で具材を切る。強盗対策にはそれがそのまま武器となる。
  「お前もボルト至上主義ってやつか?」
  「そうではありませんけどね〜」
  「アランたちに連れてこられたのか? 無理やり? 送り返してやるよ、ボルトによ」
  「さすがブッチはお優しいですね〜」
  「そ、そうか?」
  「殺し甲斐があるってものです」
  「はっ?」
  そして火炎放射器が火を噴いた。





  グレイディッチ地下。Dr.レスコの研究室付近の通路。
  2人の男が対峙している。
  「……」
  「……」
  1人はディバイドの創設者でありモハビ・ウェイストランドにおいて伝説の運び屋とすら呼ばれた男、トロイ。
  1人はリージョンの併呑に最後の最後まで抵抗した、槍の使い手であるランサー。
  「……」
  「……」
  無言のまま対峙。
  トロイは腰を沈めて抜刀の構え、ランサーは槍を引き寄せて溜めの態勢を維持している。
  勝負は一瞬で付く。
  どちらもこの一撃を決定打として、つまりは最初にして最後の一撃と想定している。
  意識を集中。
  神経を研ぎ澄ませる。
  見極めを間違えればトロイは槍で串刺しになるし、ランサーはランサーで下手に槍を繰り出せばトロイに懐に飛び込まれかねない。そうなれば槍に勝ち目はない。この状況下で
  槍に二打目はないのだ。踏み込まれたら最後、トロイの初撃を避けれても次で斬られるしかない。
  そういう意味ではランサーの方が追い込まれていた。
  額から汗がしたたり落ちる。
  「……」
  「……」
  実際ランサーは追い込まれていた。
  トロイには何らかの能力がある、それはストレンジャー内では誰もが知っている。対してランサーは非能力者。
  精神的にプレッシャーを感じていた。
  能力さえ使われたら負けなのだ。
  最初にトロイは使わないとは明言したものの、それが言葉のトリックだったら?
  「どうした?」
  「……」
  「掛かって来いよ、ランサーさんよ。シーザーの首を取るんだろ?」
  「……」
  「先にお前の敗因を教えてやるよ。雑魚ばかり相手にし過ぎだ、腕が鈍っているようだな。傭兵なんかしてないで復讐に専念しなかった報いってやつだ」
  「……黙れ」
  「本当はシーザー率いるリージョンの圧倒的な兵力にビビってるんだろ? だが復讐を口にしないと立つ瀬がない、お前がしてるのは復讐じゃない、復讐ごっこだ」
  「黙れと言っているっ!」
  ランサーが槍を繰り出す。
  速い。
  だがその瞬間を読んでいたか如く、トロイは前に踏み込む。上体をそらして槍の一撃をかわし、そしてランサーと交差する瞬間に抜刀。

  ゴキッ。

  鈍い音。
  「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  「良い腕だった。次は本調子の時に会おう」
  ランサーの左腕はへし折れている。
  刃を返し、峰にしての一撃。

  チン。

  勝敗は決したとばかりに鞘を刀を戻す。
  「情けを掛ける気かっ!」
  「情け? 違うな、お前には目的がある。俺にも目的がある。向いている方向は違うがお互いに志がある。ストレンジャーと縁を切れ、あんたにゃ似合わねぇ」
  「……」
  スタスタとトロイは歩き出す。
  取り残されるランサー。
  何かを思い出したようにトロイは立ち止まり、振り返った。ランサーもトロイを見る。交差する視線。
  「ここにお前の復讐相手はいない。だろ?」
  「そう、だな」
  「西海岸に帰れ」

  VSランサー戦。
  トロイ、勝利。





  グレイディッチ。地上。
  廃墟の街には蟻が溢れかえっている。
  「ヴァンス、本来の目的と違うくないか?」
  「気のせいだ」
  「……本当に?」
  「言うな」
  ヴァンス、ビリー、元ストレンジャーの2人は過去との決別の為にグレイディッチに襲撃。ヴァンスの部下たち30名も重武装してそれに同行している。
  ストレンジャーとの全面対決。
  ……。
  ……のはずだった。
  実際は蟻の掃討で手一杯だった。だがそれは本筋とは違う。別にヴァンス達は蟻をどうこうしたいわけではなかったのだが現状は違う。
  取り囲まれている。
  その為に蟻と交戦せざるをえない。
  緒戦のデスとの戦いも想定外だった。戦うのはいい、ストレンジャー最強の男と消耗する前に戦えたことはない、問題はその強さだった。
  まさかあそこまでデタラメだったとは想定してなかった。
  その時……。

  ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガっ!

  耳をつんざくような爆音と同時に圧倒的な弾丸が蟻たちに降り注ぐ。
  ハチの巣、というレベルではない。
  一瞬でミンチとなる。
  さすがに唖然とするヴァンスたち。
  そこに現れたのは……。
  「ビリーさん、市長に頼まれて援軍に来ました」
  「アカハナっ!」
  ピット軍所属のアカハナ、そして9名の部下たち。
  全員がパワーアーマーを装着している。
  色は独特でアカハナはピンクに近い赤、部下たちは緑。
  BOSから提供された、わけではなく、ピットで改修されたパワーアーマー。BOSと違いピットはパワーアーマーの性能を限界まで引き出せる。その為BOSよりも強い部隊となっている。
  武器はパワーアーマーの動力装置によるアシスト機能で腕力が上がっている為、部下全員がミニガン装備。
  アカハナはレーザーライフルを携帯し、さらにミサイルランチャー装備。
  重武装の部隊。
  以前とは比べ物にならない火力を有している。
  実質キャピタル・ウェイストランドにおいて最大の攻撃力を有している部隊。
  ただしアカハナ達は使い辛い面もあった。
  メガトンに滞在しているとはいえ所属はピット、そして直属の上司となるのがミスティ。
  つまり。
  つまり実質メガトンの管轄ではない。
  気さくな性格なのでアカハナ達は市長に頼まれて動くことは特に気にはしていないが、頼む側は必ずしもそうではなく色々と気を使っている。
  なお、ジェファーソン記念館の決戦に参戦したレイダー300名もミスティ以外の命令は聞かない。
  現在レイダーたちはかつて地雷原と呼ばれた街に住んでいる。
  さて。
  「良いとこに来てくれたぜ、アカハナ。今度奢るからよ、ド派手に頼むわ」
  「了解。さあ、行くぞ野郎どもっ!」
  『おうっ!』





  同刻。
  グレイディッチの廃墟の街。
  「くそ」
  ベンジーは悪態を吐きながら走る。
  途中、半分崩壊した建物の中に入り、亀裂から外に飛び出したりしながら逃げ回る。飛び出して数秒後に建物が爆発、崩れた。
  追跡されている。
  スパイダードローンに。
  アンカレッジの戦いの際に中国軍が持ち込んだ追跡型地雷ロボ。熱監視して追撃してくる。

  ズザザザザザ。

  土煙を立てながらその場に立ち止まって振り返る。
  10oピストルを構えた。

  カサカサカサ。

  追撃してくるスパイダードローン。
  随分と数が減った。
  3機。
  視界に入った瞬間にベンジーは撃つ。
  弾丸は1機に当たって爆発、残りの2機を巻き込む形で爆発、誘爆して全て消滅した。
  「ふぅ」
  疲れるマラソンだった。
  スパイダードローンをけし掛けたのはマシーナリーと呼ばれるグール。
  グール化することで現代まで生きている、元中国兵。アンカレッジの戦いにも参戦した技術士官で、ベンジーとの面識もあるらしい。ベンジーは覚えてもいないし、そもそも
  容姿がその時は人間だったわけで、グールの今の姿を見てもそれが誰か分かるわけはないが。
  「……」
  無言で10oピストルを構える。
  敵がどこから来るのかまだ視界には入らない。
  マシーナリーたちストレンジャーが意識して蟻を解き放っているのか、それとも偶然同じフィールドにいるのかはベンジーには分からなかったが、スパイダードローンは蟻にも向かって
  言って自爆している。だからこそここまで逃げ切れたと言ってもいい。そうなると蟻は、後者になるのだろう。
  追撃してきた走る地雷は振りきった。
  後は……。
  「終わりの時が来たぞ、アメリカ野郎めっ!」
  アサルトライフルを乱射しながら、警戒ロボに乗ったマシーナリーが現れる。
  銃の腕は大したことはないようだ。
  立ったままのベンジーになかなか当たらない。
  技術士官の肩書のまま今まで生きてきたのだろう。つまり戦闘メインではなく、戦闘兵器開発と保守がメイン、というわけだ。
  それでも。
  それでも数撃てば何発かは当たる。
  警戒ロボはベンジーの前方を半円を描く形で何度も移動している。
  「どうした、何で避けないっ! 鬼ごっこは疲れたかっ!」
  「動く標的に当てるのに、自分も動いちゃ当てにくいからな、このヘボ射撃野郎っ!」

  ばぁん。

  「中国兵、お前に弾丸のプレゼントだっ!」
  10oを構えて撃つ。
  それはマシーナリーの右肩に命中、痛みのあまりにアサルトライフルを落とす。サブウェポンの、腰の中国製ピストルをすぐさま引き抜くべきだったがマシーナリーは思わぬ反撃に警戒して
  しがみ付いている警戒ロボにその体を隠した。そしてそのままベンジー目掛けて一直線に突っ込んでくる。
  ひき殺すつもりだ。
  「下らん」
  接触する直前にベンジーは右に飛んで警戒ロボをかわし、転がりながら無防備にベンジーに見せている背中に10oピストルの弾丸を叩き込まれる。
  悲鳴を上げながらグールは警戒ロボの操縦を立て直すこともできずに数メートル爆走した果てに壁に特攻。
  そのまま停止する。
  グールも警戒ロボにもたれ掛ったまま動かない。
  ベンジーは駄目押しで10oを叩き込もうかと考えた瞬間、警戒ロボは爆発した。
  ダメージの限界を超えていたようだ。
  「中国が恋しいだろ? 万里の長城の果てまで飛んで行きやがれってんだ」

  VSマシーナリー&オートマタ戦。
  ベンジャミン・モントゴメリー軍曹、勝利。





  「あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  「ちっ」
  物陰に隠れながら、移動しながら攻撃するものの圧倒的な弾丸で返される。
  正直対処のしようがない。
  銃声が止む。
  いくら連射性が売りのライトマシンガンとはいえ無限に弾丸があるわけではない。
  廃棄された列車の上に陣取る女はそこから銃を乱射してこちらを威嚇、威圧し、攻撃と相談を繰り返している。
  レディ・スコルピオンは飛び出して中国製ピストルを連射。
  ドイツの名銃モーゼルのデッドコピーとはいえ銃は銃、当たり所によっては致命傷は避けられない。
  だが……。
  「下らないねっ!」
  「ちっ」
  幾度となく繰り返される舌打ち。
  相対している敵はストレンジャーのガンナー、元NCRの兵士。
  本名不明。
  能力者。
  能力名はStrong Back。自分の腕力以上の物が持てる、ただし腕力自体が強くなるわけではない。
  「反撃するよぉーっ!」
  「ちっ」
  物陰に飛び込む。
  ガンナーからの銃撃がその直後に降り注いだ。
  あの女が能力者なのも、その能力もレディ・スコルピオンは知っている。西海岸にいた頃にそれは知っていた、会ったのも、敵対したのも今回が初めてだが。
  とはいえあの身体能力はどうだろう。
  足場の少ない列車の上なのに攻撃が全て避けられてしまう。
  「まさか能力者って身体能力とかも普通じゃないのか?」
  独語。
  だとしたら、面倒なことだと思った。
  そもそもこの一連の流れはレディ・スコルピオンには全く関係ない。
  ただ、なかなか珍しいタイプの原住民に会い、その生き方を気に入ったから首を突っ込んでいる、それが実情だ。
  「やれやれ」
  銃声が途切れる。
  聞いた話ではミスティと呼ばれる赤毛の冒険者は弾丸は見えてもそれ以外は見えないとか聞いた。
  お手製のダーツガンを手にして飛び出す。
  距離はぎりぎり。
  このダーツにはラッド・スコルピオンの麻痺毒が塗られている。
  当たれば数秒から数分は動けない。
  効き目は耐性の個人差によるので何とも言えないがこの濃度の毒ならこの程度の持続時間が妥当だ。
  撃つ。
  「何これ? 玩具?」
  「くそ」
  「装弾完了……さあ、そろそろ死んでみようかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  圧倒的なお返しがくる。
  物陰に慌てて隠れた。
  打つ手がない。
  どうやら弾だろうが何だろうが関係ないらしい。赤毛の冒険者のようなスローに見えていたりするのかは知らないが単発系で攻めても効果は薄いようだ。
  「……はぁ」
  これだけは使いたくなかった。
  身元がばれるのを何よりもレディ・スコルピオンは嫌っている。
  顔を当初隠していたのもその為だ。
  だがそうも言ってられない。
  それにこれを使用したところで目撃者は1人で、そいつを消せば済む話だ。
  ダーツガンを床に置く、そしてナップサックからある物を取り出した。
  それを手に、銃声の途絶えた戦場に出る。
  悠然と歩きながら。
  そして立ち止まる。
  「何それっ!」
  ガンナーは思わず噴き出した。
  手にしているのはレーザーライフル。当然単発だ。
  「あんた、そんなもんが今更私に当たると本気で思ってるのっ! ……馬鹿じゃない? 馬鹿じゃないのっ! 私の動体視力ならそんなもんすら見切れるわっ! 言っとくけど私は弾丸しか
  見切れないキャピタルの赤毛とは訳が違うんだ。スローに見えるわけじゃないけど、攻撃は全部見るのよっ!」
  「そう。でも当たると思う」
  「ふぅん? もしかしてハイテク装備なら勝てちゃうと思ってんだ? 無条件で? どこぞのBOS発想ね、あんた。マジ受けるよっ!」
  「特性は見極めた。でも、見えても避けれなければ意味ないでしょう?」
  「冴えないセリフだね、それがあんたの遺言だよっ!」

  ピカ。

  装弾が終わったガンナーが撃とうとした瞬間、レディ・スコルピオンがわずかに早くレーザーを撃つ。
  ガンナーは笑う。
  先に一発ぐらい攻撃させてようと。
  簡単に避けてハチの巣にしてやろうと。レディ・スコルピオンの足は根が張ったように立っている、動く気がないのが分かっている。だから最初に攻撃させて、避け、反撃しようと思っている。
  「……えっ?」
  ガンナーの笑いが強張った。
  凍りつく。
  一条のレーザーは九条のレーザーとなってガンナーを貫いた。一発なら避けれるがこの数となると訳が違う。
  ガンナーはそのまま列車から落下して倒れた。
  動けない。
  動こうにも全身に穴が開いている。
  即死ではないが致命傷。
  声も出ない。
  足音が近づいてくる。
  「……あっ、あっ、あっ……」
  呻くガンナーの前に現れたのは当然レディ・スコルピオン。
  手にはレーザーライフル。
  正式名はメタルブラスターという名の試作タイプ。9発同時に発射する、レーザーライフル。単発なら避けれてもこれでは避けようがない。少なくとも列車の上で避けるにでは足場が少ない。
  レディ・スコルピオンは無表情で銃口を向ける。
  そして呟いた。
  「絶望した?」

  VSガンナー戦。
  レディ・スコルピオン、勝利。






  逃げる。
  逃げる。
  逃げる。
  メカニストは逃げていた。
  通路を走る。
  背後からは執拗に1人の女が追って来る。
  美しい女。
  だが、どんなに美しくてもレーザーピストルが通用しないのはお断りだ。メカニストのレーザーピストルは通常の威力ではなく、改造してある。
  それが通じないのは理論上ありえない。
  となると……。
  「あの女、人間じゃない」
  メカニストは逃げながら思った。
  おそらく中身はロボット、アンドロイドかサイボークかは分からなかったが、恐らくそうだろうと踏んでいる。

  「おーい? どこですかー?」

  「しつこいな」
  幸い向こうは<声>という攻撃方法はあるが他の武器は持っていない。
  それに通路は入り乱れていて複雑。
  移動速度もメカニストの方が速く、入り乱れていていることもあってあの女、バンシーの視界に入ることはない。
  しかし……。
  「皮膚すら焼けないとか、どうすればいいんだ」
  レーザーピストルは皮膚にも傷を付けれない。
  火力が足りない。
  だが、手持ちの武器はこれだけだ。
  相手がロボットなのは確かだ、人間がベースなのかは分からないが金属の骨格や機械を内蔵しているのは確かだろう。そう考えるとあの声も、能力者としての力ではなく、機械の力。
  この展開は当然カンタベリー・コモンズを出るときは想定していない。
  想定していたら対処方法を持ってきていたのに。
  「パルス・グレネードさえあれば」
  ない物ねだり。
  逃げている最中に扉が開きっぱなしの部屋を発見。
  中には透明なポッドに入ったロボットがいた。
  プロテクトロン。
  このタイプは装甲や武装が脆弱過ぎたために民間に払い下げられたロボット。スーパーやメトロの風紀を護るために配備されていた。ここにいるのもその一機。
  メカニストは手近なパソコンを弄り狂ったようにキーボードを叩く。
  声がどこからともなく響いてくる。

  「発見後、抹殺を試みても驚かないでください。そのようなプログラムなのです」

  「怖いこという奴だ」
  ビーっという音ともにプロテクトロンのポットがスライドして開く。
  金属音の足音を立てて歩き出す。
  「気休めだ」
  だがその腕に装着されているレーザーは当たればかなりのものだ。
  ……。
  ……当たれば。
  命中率が低くて民間に払い下げられた経緯がある。とはいえここは狭い、部屋にしても通路にしても閉鎖空間だ。
  外す方が難しい。
  「見つけましたよ。私から逃げられるとでも?」
  「食らえーっ!」
  メカニストとプロテクトロンが同時にレーザーを放つ。
  レーザーを平然と受けながらバンシーは微笑しつつ手をプロテクトロンに向けた。

  ジジジジジジ。

  プロテクトロン内部から音が響く。
  数秒後、その機体はメカニストに向く。レーザーの腕を向けながら。バンシーは微笑した。
  「同類を支配するのは簡単なんです。もちろん、私の方が高級ですけどね」
  「くそ、やはり機械かっ!」
  「機械? 失礼しちゃいますねぇ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫。
  どうやらこの声の範囲は、聞いた対象全てらしい。
  プロテクトロンは弾け飛んだ。
  メカニストも壁に叩きつけられる。
  「レディに対してそれはないでしょう。さあ、まだ逃げますか? それとも諦めます?」
  「くそっ!」
  「逃げるのですね、いいでしょう。ここで数秒待っていますから。……さて、いいですかー?  そろそろ追いかけますよー?」

  VSバンシー戦。
  現在勝敗は未定。





  グレイディッチ。地下。
  Dr.レスコの研究室前の通路。
  立ち塞がる者。
  それは……。
  「ようやく会えたね、トロイ」
  「……? あー、デスか? 初めて見るがその格好だ、何となく見当は付く。デスなんだろ? それで俺に何か用か?」
  「君はディバイドで死ぬはずだった。違うかい?」
  「さあな」
  何故生きているのかトロイですら分からない。
  ただ、分かること。
  それは生きているということ。
  人格が二つに分かれてはいるが生きているということ。
  もう1人のトロイは全てを嫌って逃げた、キャピタル・ウェイストランドに。しかし過去は、ストレンジャーはここまでやって来た。偶然にしても過去はトロイを追ってここまでやって来た。
  だから。
  だからトロイは人格を交代した、攻撃的な彼に。
  運命からは逃れられないと嘆いて。
  だが今の主人格のトロイは違う。
  運命なんてクソくらえと思っている。そしてその運命とやらが向かって来るならば斬り伏せる覚悟も持っている。
  刃を向けた。
  今度はデスも2振りの剣を持っている。
  「ほう? あくまで僕に抗うつもりか、トロイ?」
  「はあ?」
  あくまで初対面だ。
  「僕は死神だ、君はあの場で死ぬはずだった。なのに生きている、それは死神の裁定に逆らったに等しい」
  「……ただの中二病か、下らねぇ。すぐに沈めてやるよ」
  「神にでもなったつもりか、トロイっ!」
  「そりゃてめぇだろ」

  ふっ。

  トロイは消える。
  瞬間、金属音が響いた。デスは振り返りざまに剣を振るってトロイの一撃を受け止め、もう1本の剣でトロイの銅を薙ぎ払う。トロイはすれすれで後ろに飛んでそれを回避。
  デスはそれを追わずに見送る。
  「君のその能力は分かってる。能力者ってわけでは、ないよね。感覚が違う。インプラントか何か埋め込んでいたりするのかい?」
  「こりゃ驚いた。見破られるとはな」
  インプラント。
  西海岸の、一握りの外科医が出来る移植手術。
  戦前の機械を体内に埋め込むことで身体能力を高めたり特殊能力を得たりできる。とはいえ出来るのが一握りの外科医であったり、必要なのが戦前の技術の結晶だったりとする
  為、インプラント手術は一般にも認知されているが、されている者はごくわずかにすぎない。
  トロイは笑う。
  笑いつつ剣を収め、抜刀に構えを取る。
  「あながち神様気取りってのも馬鹿には出来ないようだ。全力でやり合う必要があるようだ」
  「さあ裁いてあげるよ、死神の裁きの始まりだっ!」

  VSデス戦。
  開始っ!